裕 的个人资料裕礼讃日志列表 工具 帮助

日志


11月5日

ちょうどいい区切りやし振り返るか

 
 
先週木曜日に26歳になりました。
「あの頃はまだ★★歳やったのに」、というあの頃は俺にとってボルドーにいた頃やねんけど、
そのあの頃はまだ22やったのに。
ってそれも同期からみりゃ22の頃を振り返る時点でオイッ!やろな。
 
 
毎年言ってることではあるが、今年も言おう。
25歳は怒涛の一年やった。
とはいっても、
 
 
でかい大学の中で、工学部に入り、
その中でも小さな材料研究室に身を置き、
仕上げ材料を担当し、
研究をする日々。
 
 
が、3月を皮切りに
 
 
特大社会の中で、大企業に入り、
その中でも小さなディベロッパーに身を置き、
郊外の物件を担当し、
先輩の下で事務作業に努める日々。
 
 
になった、
だけ。
 
 
やってる内容や規模は大きく異なる。
けどね、自分の中では数百億単位のプロジェクトも、等身大の研究とそんなには変わらない気がしている。
金っちゅう便利なものさしに頼らんかったら、達成感の大きさなんて比べられへん。
究極のところ、本質はほとんどかわってへん。
学問の一片をつつくか、
社会の一片をつつくか。
 
 
 
 
難しいことやけど、
まだまだや。
まだまだ足りん。
持論か、経験か、知識か。。。
何かが足りん。
しばらく社会に身を置けば、何が足りんか分かるんやろうか。
うーん、気持ち悪いぜ。
 
 
 
 
気持ち悪いで思い出した。
誕生日に一緒にいてくれた同期え。
ガクガクブルブル、でも俺は風邪引いてへんぞ!
謝アラキ。
 
 
 
2月7日

らぶばとん



し、しません。
ただ最近、破局に浮気に結婚に、、、時期が時期なだけにみんなの心が動いてるのをすごく感じる。
本文も梗概も提出したことやし(まだ主査や副査に提出してないけど)、ラブバトンはしませんが恋愛について考えてみる。
こんなんブログで書くん初めてちゃうか。
そもそも考えたことすらないから当然やねんけど。




僕を知ってる人なら分かると思いますけど、僕は基本的に熱しやすく冷めやすい。
が!恋愛はちがう。
よっぽどのことがない限り、冷めません。
これね、実は自分でもびっくりなんですよ。




なんでやろか。
おそらくね、僕は割とひとりで生きてまう人間やからですね。
人を使うのが下手なこともありますが、基本的に何でも自分でやろうとしてしまう。
帰属意識が薄いんだよな。
僕は僕にしか帰属しない。みたいなところありますね。
スキでそうしているわけやないんです。
でも結果的・究極的には自分に戻るみたいな。
是も非もある性格。


ところが、いや、だからこそ、恋愛には一途。
愛というセメダインは他の全てを超越します。
突っ込んだらそうは離れん。
相手を自分のことのように思うわけ。

人を愛するということはきっと
君が君以上に僕を愛してくれたこと
僕は僕以上に君を愛せていたのかな 
僕はそんな君以上に君を愛せていたのかな

これ、銀杏BOYZの『東京』ですが、ホンマにそう思います。共感。
愛するよりもむしろ愛しい。うーん、愛くるしいかな。。
そう思ったらもう負けですね。




終了。
全然意味分からんし、こんなん書いてる自分が気持ち悪い。
これ以上書くと自分に吐きそうになるので止めます。




10月17日

失敗から学ぶこと

 
 
ここ一週間は宅建の勉強に費やしていました。
研究の合間を縫ってはコピースペースのテーブル席を独占して勉強していました。
そして本日、宅建の試験がありましたが、各資格学院が発表する解答速報によると、僕の点数は合格点に達していませんでした。
残念ながら不合格です。
 
 
考えられる物理的敗因はただ一つ。
ヤル気が起こらず、試験ギリギリになるまで本格的な勉強をしなかったこと。
確かに、宅建は普通1週間やそこらの勉強で合格できるような生半可な資格ではないことは知っていました。
でも知っててもやらなかった。
 
 
普通なら、
『こんなんやったらあかん、次はもっと計画を立ててやるぞ!』
で、終わるところですが、なぜか今回ばかりはそうもいきませんでした。
今、もっと深く考えんとあかんのとちゃうか、と思ったのです。
 
 
そこで、なんでヤル気が起こらなかったのかについて考えてみました。
たどり着いたのはこんな答えです。
 
 
 
 
 
『僕は知らない間に自信過剰になっている。。。』
 
 
 
 
 
どういうことかというと、極端に言うと『一週間前からでも本格的に勉強したらどうにかなるわ』、という自信がどこかしらあったということです。
 
なぜか。
 
最近、何をやるにしても、死ぬほど努力しなくても何とか切り抜けることができていたからだと思います。
 
ほな、なんで僕は何をやるにしても切り抜けることができていたのか。
それは、
 
 
 
 
『切り抜けれない問題をできるだけ避けて通ってきたから。』
そして究極的には
『時には諦めが肝心だと考えているから。』
 
 
 
 
 
これらのことについて、僕が劇的に変わった高3の夏休みから受験あたりまでさかのぼってみようかとおもいます。
 
 
僕は高校3年間、予備校に一切通いませんでした。
学校の勉強をしっかりやれば、予備校で授業を受けるなんて2度手間だと考えたのです。
高3の夏休み、周りの友達が予備校に通い始める中でも、僕は一人の勉強時間を最優先していました。
焦りはしましたが、学校で配られた問題集を何度も何度もやることで基礎をつけることに徹しました。
その地味さが功を奏したか、夏休み明けの学力は絶対的にも相対的にも飛躍的に上がりました。
基礎をつけたことで応用に対抗できるようになっていたのです。
それだけではなく、勉強を通じて『問題を解決する力と方法、効率など』を習得しました。
もう、それ以降はどんな問題でも怖くありませんでした(国語、英語以外)。
志望大学の模擬試験でも合格範囲内に入ることができていました。
そんななかで迎えたセンター試験。
万全の体制のつもりで望みましたが、結果は散々でした。
 
 
浪人覚悟で危険度の非常に高い志望大学を受験するか、
安全をとってランクを落とすか。
僕は全然悩まず、即決で後者を選びました。
勉強を通じて得られる本質的なことは、その時点で既に獲得できたと考えたからです。
なので、浪人1年間の勉強が『勉強のための勉強』になるのではないか、
そんな意味のない1年間を過ごすよりは、たとえ志望大学に入れなくても、他の大学で違うことに1年間費やしたほうが絶対効率が良いと考えたのです。
 
 
つまり、僕は高校3年間で、
地道な努力によって『力のつけ方と効率』を学び、
けれども、もとい、だからこそ『努力の効果が薄いと感じたならば諦めることも必要』という考え方を持ったのです。
 
 
こういう本質的ところに関しては、自分自身も善悪をつけることは出来ません。
いいところもたくさんあるし逆に悪いところもたくさんある。
ただ大学入学後、だいぶ悪い方向にシフトしてきていることは確かなようです。
つまり、努力の仕方が汚くなっていたのです。
努力の綺麗な価値を忘れてしまったのです。
 
 
大学生活は本当にヌルかった。
何にもしなくても学年だけが上がってゆく。
それでも、たった2ヶ月程度の勉強によって大学院試をパスすることができる。
さらに、フランス留学(コネ)まで付いてくる。
こんな感じで、高3時の努力の1/100もしていないのに、大学院入学,ある程度の仏語ともっとある程度の英語,様々な経験などなどを習得できた。
 
 
まとめると、
高校のときは『十分な思考』が伴って『努力の矛先』を決めていたのに、大学生活では、割と『場当たり的な状況判断』の配分が、『十分な思考』を幾分上回ったことによって、深く考える事を怠る方向にシフトしてしまっていた。
そして、『上手』に努力をしてゆけばいろいろ獲得できるんや~、と考えがちになってゆき、
『そんな僕が本気で努力したときにはもう、ヤバイッスヨ』という自信にかわっていった。
コイツが問題でした。
『努力行為』と『努力の方向転換』を安易に考え、完全に意味を履き違えていました。
 
 
 
 
そういった意味で今回の失敗は、残り少ない大学生活の中でも大きな出来事こととなりました。
『知らぬ間に自信過剰になっていたんやなぁ。。。』
かなり反省しました。
極端な言い方をすると、このままやと全然努力しない人間になってしまう可能性があったかもしれません。
といえども、こんな風に自分を変えていってしまう周辺環境の影響力はソコハカトナイと感じましたね。
社会に入ったら確実に変わるよ!とはよく言われてることですけど、
その意味が少し分かった気がします。
そして、良くも悪くも、こうやってたまに自分を振り返ってみることが大事かなと。
 
 
 
 
 
 
文章見ると、かなりエゴイスティックで「コイツどんだけやねん」と思われるかもしれませんが、気持ち高い声で読んでもらえると、何を言いたかったかなんとなく分かってもらえるんやないかと思います。
 
 
 
 
 
9月21日

適職診断

 
 
今日から宅建の勉強をし始めた。
テストまで1ヶ月ない。
最低半年の勉強を要する試験なことは分かっていたが、どうもこうもやる気が起こらなかった。
慌てふためいていざやり始めると、もっとはよやっときゃよかったと早速後悔。
 
 
大学入試とか院試勉強とか、避けては通れないことに対しては必ず勉強するし、苦じゃない。
それと行動を伴う勉強、たとえば外国語を話すことなども大スキ。
でも例えば外国語を机の上で自発的に勉強するなんてことはほとんどしない。
知的好奇心は強烈にあるが、動かなきゃダメで、勉強のための勉強なるルーティンワークは大嫌い。
誰かに言われるまでほったらかし。
宅建もそう。周りのプレッシャーありきで動くみたいな。
すごい性格。
気が付けば楽な方楽な方へ行こうとしている怠け者に過ぎないのかも。
 
 
ちょうどTのブログで『職業診断』なるサイトを紹介してたんでやってみた。
結果はこんなかんじ
 
 
仕事:組織ならプロジェクトのリーダータイプ
性格:型破りの独立型タイプ
恋愛:恋も仕事も結婚もゲットする欲ばりタイプ
 
 
ほのかに当たってる。
単純作業より率先して行動したいし、反骨精神もって新しいこと追求したいし、でもやっぱり人生恋愛なしじゃおもんない。
といった感じで、物凄い漠然。
実際のところ、いまだ何がしたくてどうありたいのか、はっきりしてない。
Tほど派手で極端な結果でないだけに見つけにくい。
でもまだまだ人生は長いし、小さな目標でも大きなパッションを持って生きてゆけば、必ずしたいことが見つかると信じている。
人生の方向が人より漠然としているのは今だけ。
方向なんていつでも創れるし修正できる。
と、根拠はないが、そう思い込むことも重要かと。
 
 
目先の目標。
研究は当然のこと、宅建、簿記、仏語英語西語強化、建築士勉強。
欲張りな上に怠け者だからどうしようもないよなぁ。
一つひとつがんばっていこっと。
 
 
 
 
9月15日

変わりゆく日常と心情

 
 
久しぶりの書き込み。
ほっておいたわけやないんです。
イロイロとありましたもんで。。。ううぅううぅうううぅううつつ。。
 
 
ここ1週間は心の望むがまま、本能的に歩んだ。
 
 
空虚感によって、煙草吸う気すら起こらない始末。
歌を歌い、つらさを詩に昇華して、苦しんだ甲斐を感じる。
『JOHZENJI STREET JAZZ FES』と『HIGH FIDELITY』で音に幸福を感じる。
『楽天―西武(フルスタ宮城)』で同年代の松坂に手を振りながら、ようやく逢えたと感動する。
飲み会、お悩み相談会、麻雀で、友達の大切さと僕は本当に人に恵まれていることを実感する。
久しぶりのゼミで先生とOBにボコられるが、僕の人生においてゼミが重要でないという手ごたえを掴む。
 
 
日常ってすごいね。
知らない間に心の極端な部分が治癒されてゆく。
あらゆる感情を自然に沈静化する。
もう既にその効果が現れてきた。
人間ウマイことできてるんやな。
 
 
 
 
 
7月7日

もう一度自己分析

 
 
就活の呪縛から解き放たれて2ヶ月ちょい経ちました。あの頃は自分を会社に売り込むことを考える一方で、自分を見つめ直し、将来何がやりたいんだろうと自問自答していました。
 
僕の就職活動は周り(一つ下の後輩。学年で言うと同じ)と比べて早かったです。フランスに行っていた分、同学年の友達のほとんどが就活を終えて いましたので、彼らと話せば将来の話や会社の話になっていた。1年半フランスで遊び倒していた僕は、彼らと比べて同学年とは思えないほど子供っぽかった。 就活どころか社会も知らない。商社?コンサル?広告?ゼネコン?何やそれ。。。って感じでした。なのでまず社会の仕組みから知らんとあかんと思い、どこで もいいからインターンしたいと思ったのが始まりでした。
 
 
某大手外資系IT企業で2週間弱のインターンを終えた後も、たくさんの社会人の方々からお話をお聞きしました。でも、結局僕の就活を一部始終見 届けてくれたO谷氏と同じ会社で働くことになったことを考えると、彼の僕への影響力は絶大なるものだったと、今を振り返ると思います。
 
 
そんなこんなで無事就活を終えたんですが、今すでに後輩のT林君が来年の就活に向けて準備をしています。インターン参加に日々熱意を投じている彼、そんな後輩のエントリーシートを添削しながら、ふともう一度自己分析をしてみようと思った七夕の夜です。
 
 
 
 
 
 
僕は何事に対しても「熱しやすく冷めやすい」人間です。
 
 
 
 
学部時代に東北に来たという理由だけで始めたアイスホッケーを2年で辞め、同時期に辞めた2人の同期とバンドを組みました。新しく始める時には 形から入ることが何よりも大事と認識していた僕らは、それぞれが担当する楽器を買い、サークルにも入りました。しかし学校が忙しくなってきたことを後付け 理由に、バンドは自然消滅を装い、解散。僕に残ったのは薄い思い出と、アイスホッケーの防具、そしてドラムでした。
 
大学院入学後、フランスに一年半滞在したはいいものの、身に付いたフランス語は中途半端で、次第に忘れがかっています。研究のほうもフランスに 行ったことが足がかりとなり、研究室のみんなとはかけ離れた研究テーマで論文を展開するなど、『一体何がやりたいのか』の質問に答えられる自信がありませ ん。今でも「熱しやすく冷めやすい」精神は健在で、いつかは飽きるだろうジャグリングをやり始めました。
 
 
 
もちろん「熱しやすく冷めやすい」ことはネガティブな面だけではありません。何をするにも好奇心旺盛ですし、逆に困難にぶち当たったとき、スト レスを感じず回避することができます。短期間のプロジェクトなら誰にも負けないくらい集中できますし、それが終わればまた次のプロジェクトに平気で移れる のです。(その辺の頑張った話、成功話、感動話は割愛。)
 
 
 
ちょっとエクストリームなうがり方をした文章にはなりましたが、僕の「熱しやすく冷めやすい」性格は今後もゼッタイ変わることはありませんし、 今後もコレでいいって思っています。コイツは何がやりたいんや、と言われ続けながら、時間と共に成長していくのが僕のスタンスかもしれませんが、実はこん な僕でも『夢』というものを持っています。
 
僕は、『夢』はそれ自体が漠然としていて、叶う叶わないはむしろ問題ではなく、それに向かってどれだけ真剣に取り組んできたかが、『夢』から連 想される幸せ感につながるのだろうと思っています。ということで『夢』に向かうという非常に長期的な行動計画は、本来僕の「熱しやすく冷めやすい」性格か らすれば矛盾極まりない展望なのですが、そこだけはなぜか両立できている。
 
と、書いといてなんなのですが、残念ながらここで僕の『夢』をを発表することはできません。文字で書き表すことのできないような抽象的なイメージでもあり、ブログで書くほど陳腐なものでもないからです。
 
 
 
このように僕は「熱しやすく冷めやすい」からこそ、今掲げる 『夢』を大事にしながら、たくさんのことに真剣に取り組み、失敗という 経験を積んではチャレンジを繰り返すことができると信じています。そして出逢った人たちから逆に『アイツは今、何やってるんやろう』と思わせるような印象 深い人間になりたいと思っています。
 
 
 
 
 
 
あくまでもコレは自己分析であって、自己PRではありません。でもこうして時々自分を見つめ直すことは、今後、荒れ狂う社 会と戦う上で非常に大事なのかもしれません。しかも会社に入る時のような色目を使って書くのではなく、ニュートラルな状態で。人はボーっとしてても必ず成 長しているものだと思いますし、『年取ったな~』とか『あの頃と比べて全然成長してないな~』とかって単なる自己逃避ですから。
 
 
 
 
 
 
 
 
6月5日

大人への道

東京の建築事務所に勉強しに行っている友達が4泊5日でうちにおりましたが、今朝帰っていきました。毎晩彼と語っていましたが、そんな中で共感しあったこと、、、。

 

「・・・俺ら年取ったなー。」

 

今 年25になります。25です。『責任感と信頼を背中に乗せ、冷静かつ確実に仕事をこなす』という、昔抱いていた25歳のイメージと現状とのギャップに失笑 します。確かにいろいろな経験をして成長したと自負する面もありますが、それよりも『着実に時を重ねている』という感じです。

大学生に なったときもこんな風に思ったことはありました。大学生という響きと当時の自分とのギャップに違和感を覚えたわけでしたが、その時はみんながみんなそう 思っていたし、イメージ通りの大学生がいなかったため、そんなもんかと思えたんです。でも今はこの時とは何かが違う。何かを達成しなきゃいけないのに時だ けビュンビュン過ぎてゆくとか、何か大きな山が近づいてきているのにそれを乗り越える能力がいまだ身についていないとか、そういった感情が沸いてくる んです。

さらに年取ったなーと思わせることは、僕自身理屈っぽくなってきたなと感じる瞬間がけっこうあることです。些細なことでも語りた がるようになってます。普通の会話をしているつもりなのに、ふとした瞬間持論を展開していることに気付く回数が増えてきました。世のおっさんたちがそうで あるかのように、着実に彼らに染まりつつある自分が嫌でしかたない。友達とこんな会話を延々とすること自体がすでにおっさんです。

 

おっさんの嫌な習性がでてきて、でもカッコいい大人とはほど遠い今年25歳の男みたいな。

 

年 上の方々から見れば「な~にをいっとんねん」と思われるかもしれませんが、だってそう感じてるんですもん。このままじゃまずいんです。絶対まずい!ほっと いたら気付かぬうちにその辺の頭固いおっさんと同類になってしまいます。恐怖です。それだけはなんとしても避けたいんです!!